古座川の伝統養蜂

—和歌山県古座川地域のニホンミツバチ養蜂—


 近年、テレビ番組で養蜂シーンが放映されることも多くなったようだが、日本にはニホンミツバチ(Apis cerana japonica)という在来のミツバチがいる。私たちが普段食べるハチミツのほとんどは、セイヨウミツバチ(Apis mellifera)によるもので、ニホンミツバチより採蜜量が格段に多いため、近代的・商業的養蜂に好適であると、明治期に移入、広まったものだ。

 ニホンミツバチは、セイヨウミツバチより一回り体の小さい、「野生」のミツバチである。したがって、その群れを獲得するにも飼い続けるにも、人間とニホンミツバチとのゲーム的な要素、一種の駆け引きが存在する。たとえいったん飼われたあとであっても、ニホンミツバチの群れは、何らかの理由でその場所が気に入らないと、逃去さえする。

 ニホンミツバチは、遅くとも江戸時代には山間地域のあちこちで養蜂がなされていた記録がある。特にハチミツは、薬として、また丸薬を練るための材料としても重要で、流通もしていた。古座川地域を含む、紀伊半島南部は、「熊野」と呼ばれ、良質の蜜が採れる地域として名高かった。『本草綱目啓蒙』(1805年 初版)には、あちこちの地域で産出されたハチミツも、「藥舗では皆熊野蜜」として売られているという逸話が載せられているほどだ。

 特に古座川地域は、ゴーラと呼ばれる木の幹をくりぬいて巣箱とする養蜂が、今でも盛んである。春の巣別れ(分蜂)の時期に、いかに群れを獲得するか、どのようにゴーラを作るか。みな、それぞれの道具にも工夫をこらし、改良を加え、目を輝かせながらミツバチについて語る。

 ニホンミツバチは、セイヨウミツバチに加えて比較的おとなしい。今回の映像でも、何度かミツバチを素手で触るシーンがでてくる。動作のひとつひとつ、言葉のひとつひとつに、ミツバチと人との関わりがみえる。
実は、この古座川の上流地域は、私の亡き祖母の故郷でもある。生前、私は祖母から、養蜂のことを何一つ聞いたことがなかった。今なら、祖母に尋ねてみたいことが山ほどあるのだが。

総合地球環境学研究所 研究員
真貝理香

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ニホンミツバチ・養蜂文化ライブラリー

伝統的なニホンミツバチの養蜂を中心に、人文学的な情報・研究を共有するためのサイト。
文献や資料リスト、各地の巣箱や養蜂道具の写真も掲載。